カゲアソビ。

幼いころ、
私の家ではよく
カゲアソビをしていた。
たしかあれは
いつも雨の夜だった気がする。

 

わん。

 

 

私の両親は
「何もなくても遊べるよ」主義。
彼らにおもちゃとか、ゲームとか、
“楽しむために何かを得る”という発想はない。
父も母も、「紙とえんぴつ」や「葉っぱ」など
いつもそこにあるものでどう遊ぶか、
そんな類のことをいつも教えてくれた。

 

 

 
仮に彼らが白い箱の中に1週間缶詰にされたって
1週間後、白い箱は姿を変え、
当人たちはこの上なく楽しげな表情で
「ちょ。こっちきてコレみてーー。ニヤニヤ」
と言いながら出てきそうだから恐ろしい。

 

 

 
そんな親に育てられた私は、ゲームとかおもちゃとか
いわゆる「楽しむためにできた道具」というものに
あまり関心がない。

 

 

私にとっての遊びとは
ゼロから何かを生み出す作業であり、
ラッキーにもそこから「楽しみ」を得ることで
そのゲームの勝者になれる。
彼らから受け継ぐ発想遊びは、
大人になった今も私を楽しませ続けているのだ。

 

 

さ。話は戻って。
雨の日の夜って
陰気くさくって寂しげな印象があるけど
私にとってカゲアソビの夜だけは違った。

 

 

夜、
お部屋を真っ暗にして
広い壁に向かって
ライトを少しだけあて手をかざす。
光と影によって作り出されたその神秘的な空間は、
まるで異国のサーカス団。

 

 
夜の闇からぞくぞくと現れる
奇怪な動物たちが
幼い私を取り巻き、秘密めいたダンスや仕草をする。

そんな夜に私はいつまでも夢中になった。

 

 

夜もすっかり更け
影が重みを増してくるころ、
影操人であった母がスッと立ち上がり
優しく電気をつける。

 

 

それが、「寝ますよ」の合図だ。
父は姉を、母は私を抱きかかえ
ベッドに連れていく。

 

 

もっとしたいもっとしたい!!
という気持ちとは裏腹に
なぜか私たちの身体は眠気を感じ始めていて
ベッドに横たわった途端、
スヤスヤと深い眠りに落ちてしまう。

 

 

どうしてあんなにカゲアソビに夢中になったのか。
今思えば、「影」が生み出す神秘的な空間に加え
大好きな人間たちがそばにいて一緒に笑っていたことが
一番大きな理由だったのだと思う。
カゲアソビとは家族との特別な思い出であり
幸せのキーワードなのだ。

 

 

先日の雨の夜。
美しい影が姿をあらわして
フッとこの記憶が蘇った。
雨の夜が疎ましく感じられたら
影遊びをしてみてはいかがでしょうか、
というお話でしたたた

 

 

P.S. 私は今、影フェレットを練習しています。

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